まさかこの歳でまた就活とは

今回こんな記事を書こうと思ったのは、yahooニュースでこんな記事を見つけたからだった。

 

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元々私はフリーのライターや編集者、カメラマンなどとして生計をたてていた。立てていたと過去形なのは、脳梗塞の後遺症によって左片麻痺になり、病前のように仕事ができなくなったからだ。

私がライターや編集者を目指したのは、氷河期で就職できないまま大学卒業後にかろうじて見つけた地元のタブロイド紙の会社に就職したのがきっかけだった。せっかくそういう会社に就職したにも関わらず、営業としての採用だったため、紙面づくりや原稿作成には参加することができず、せっかくならば書く仕事がしたいと思い、大学時代の友人を頼ってその友人がいた出版社の仕事をさせてもらえないかと愛媛県に移住したときに編集プロダクションでライターのいろはを教えてもらい、その後広告代理店などで雑誌づくりや広告企画などに関わりつつ、独立してフリーのライター・編集者となり、愛媛の広告代理店や印刷会社、出版・広告会社などから仕事をもらいつつ、文章を書くだけでなく撮影やデザインのスキルも身に着けていった。

 

今思えば、氷河期世代だったにも関わらず、いろんなスキルを身につける仕事の仕方をしてきたこともあって、運良く自分で仕事をとることができていたのだなと思う。

しかし病気をしたことによって自分が生業としてきたことができなくなり、片麻痺の今の自分でできる仕事を見つけなくてはならなくなってしまった。

B型の事業所なども利用しつつ、ネットで在宅でできる仕事などを探していたら、ようやく、運良く見つけることができた。

できればライター仕事がないかと思っていたが、見つけたのはデータ整理や入力の仕事だった。

就職できなくても自分で仕事をする方法を見つけ、それを今後一生の仕事にするつもりだったのに、病気をしたことで全てが狂って自分の人生設計が異状ありになってしまった。

ぼくが大学に入った頃は就職は売り手市場で、きっと卒業したらどこか企業に就職しているのだろうと漠然と考えていた。しかし就職どころか卒業も怪しかったため就活そのものもまともにしなかったぼくに就職ができるはずもなかった。

ちょうどその頃、そんな新卒の売り手市場を題材にした映画「就職戦線異状なし」という作品があった。織田裕二的場浩司坂上忍が出演していた。当時のバブリーな雰囲気や学生の姿を的確に描いた作品であった。そしてこの映画で使われた主題歌が、槇原敬之のあの代表曲「どんなときも」であった。

 

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ちょうどこの曲が流行ったときにウッチャンナンチャンが自分たちの番組でパロディにしていたりもして、90年代初頭にはいろいろ話題になった曲や映画であった。

しかしその後バブルが崩壊し、就職氷河期が訪れた。

それもあって公務員を目指すために在学中から予備校に通う人なども増えた。

そしてここでようやく冒頭の記事のことだが、

今さら氷河期世代を救済しようとしてもいろいろと遅いと思うんだけどね。

もっと早くやっとけば、こんなに多くの中年の引きこもりを作ることもなかったと思うし、税収だって上げられていたと思うし、少子化にも少しくらいは歯止めがかけられていたんじゃないかと思う。

 

働いていたときにも結婚の気配もなかったぼくが言っても説得力がないけどね(笑)。

ようやくこの体でもできる仕事を見つけ、仕事をさせてもらえることになったのは本当に感謝だな。

 

それではまた次回もよろしく。